創刊700号に寄せて

「デカルトから宮沢賢治へのパラダイムシフト」

 本学の健全なる発展をめざして、1972年に創刊して以来、この度、本紙はいよいよ700号を迎えることができた。さまざまな試練や逆境を乗り越えて、持続的に発行してきたところに、諸先生・諸先輩方ならびに関係各位の「絶えざる努力」の軌跡を確認でき、改めて感謝の意を表する次第である。

機械論的自然観測の崩壊

 さて1996年は、「近代」思想の確立に多大な影響を及ぼした哲学者・デカルトの生誕400年にあたり、また「現代」の幸福論を論ずる際に忘れてはならない日本人・宮沢賢治の生誕100年という歴史的な年である。ここでは、主に科学思想を中心に「近代」と「現代」を比較検討し、未来に向けて真の幸福を実現するための理念を提示していきたい。

 「近代」を特徴づける科学革命の思想は、ベーコンの「知は力なり」という考えに始まり、デカルトの理性中心主義、ニュートン力学の科学思想などである。特にデカルトは、徹底して思考の合理性を重んずるとともに、物心二元論をとなえ、物質の属性は延長、精神のそれは思惟であるとし、物質世界をまったき機械的構成のものとして捉えた。すなわち、近代科学の思想――還元主義と機械論的世界観をもたらした。ニュートンは、自然の数理的体系を整備する偉業を遂げたが、結果的には、力学的あるいは機械論的自然観を助長する形となった。ただし、デカルトやにニュートンも有神論者であり、科学は決して宗教と分裂してはいなかった。

 これらの近代思想から、やがては自然に対する力の支配が進み、19世紀の終わり頃には、理性の勝利を謳い、科学によってあらゆる問題を解決できるといった科学万能主義に至ったのである。

 しかし、20世紀に入るや否や登場した新しい科学、アインシュタインの相対性理論によって、従来の科学の枠組みからはみ出る概念が提出された。例えば、「光速に近いスピードで飛ぶ物体では時間がゆっくりと流れる」や「物質とエネルギーは自由に入れ換わる」などである。また量子力学の誕生と発展によって、近代科学の機械論的自然観は崩され、新しい物質観・世界観が提示されるようになった。例えば、光子や電子などの量子力学的粒子は「波動・粒子の二重性」を有するのである。また不確定性原理を発見したハイゼンベルグは、部分的秩序より中心的、全体的秩序へといった哲学が重要であると考えた。さらに、自然破壊や環境汚染が顕著となると、エコロジストたちはその原因が近代科学にあると痛烈に批判し、生態系を総合的な視点でとらえ、多様性の保全が重視されるようになった。

 まとめると、現代物理学から生まれつつある世界観は、機械論的なデカルトの世界観とは対照的に、有機的な、ホリスティックな、そしてエコロジカルな世界を特徴としているのである。

脚光を浴びている「EQ」

 さて今日の環境政策である「持続的発展型」の社会を構築していこうとすれば、その中心に位置する私たち人間の使命が大きいことは言うまでもない。そのためには、まず、ソクラテスが第一のモットーとした「汝自身を知れ」ということが根本問題として浮上してくる。

 本来、人間は、「知・情・意」という心の機能をバランスよく発達させる必要がある。しかし、従来の学問は「情」も「意」も、「知」に還元し、それによって「科学」を確立し、しかも有形なる物質世界において、経済合理的・数量的に評価できるものを追い求めてきた。だが、人間の本質において重要なのは、むしろ無形なる心の世界ではないかとされ、「IQ」のみならず、「こころの知能指数」である「EQ」が、昨今、脚光を浴びていることは興味深い。

「近代」超え「現代」の幸福を

 また近代科学は、自然環境の一側面、すなわち、目的論的な原理から機械論的因果へ、また、質の量への還元などによって、単純化できる側面のみをとらえるという偏った世界観を構築した。その結果、プラス面としては「知」の財産として、技術文明を生み、人間の生活を便利にしてきたが、マイナス面として知識は断片化し、自然環境や実在全体をとらえようとする学問は軽視されてきた。

 しかし、今や「還元主義」という分析手段は、その限界性が指摘された。量子力学も複雑系の科学も、共通して、自然界は全体と部分が密接な関係を持っており、部分だけを切り離して考えることは無意味だと唱えている。生命体を見る場合、きわめてすぐれた一つの有機的調和性が保たれているのである。

 そして「現代」の幸福論を論ずるにおいては、宮沢賢治の「世界ぜんたいが幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。自我の意識は個人から集団社会宇宙へと次第に進化する」という言葉の意味を、もう一度、熟考しなければなるまい。賢治は、輝く宇宙銀河に生命の世界を見ながら、民族や国境の違いを越え、あらゆる人々が永遠の友情を結び、幸福の世界を築いていくことの大切さを童話を通して訴えた。「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう」という誓いは、つねに忘れてはならないものと思われる。

真の幸福は永遠性などを要請

 最後に、カントの『永久平和のために』を取り上げて、未来への指針を述べたい。この著作は1795年、ケーニヒスベルクで公表され、翌1796年、新たに「第二補説」を加えた増補版が出版された。有名な三批判書(『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』)を完成させた後、世界の永久平和はいかにもたらされるべきかを真剣に考察したものである。今から200年前、すでに国連のような平和連合の創設を訴え、人類の理想世界の実現が単に空論にとどまらないことを提示したのだ。カントの言うとおり、一人ひとりが人格を尊重すると同時に、人格の道徳的な完成をめざしていくことが重要であり、また国家と国家が連合して永久平和を確立しなければならない時を迎えているのだろう。

 人間の意識は、空間的にも時間的にも拡大し、今や完全なる平和世界を目指さずして、一人ひとりが真の幸福を得ることはできまい。人種差別、飢餓、地域紛争・民族紛争、地球環境破壊、家庭崩壊、暴力や犯罪、そしていじめ・自殺など、どこかで何かの不幸があれば、本心においてはどうしても真の満足を得ることはできない。すなわち、真の幸福とは、永遠性・完全性・絶対性を要請するのであり、たとえ大きな試練が待ち受けようとも、希望を抱き、つねに現実世界を理想世界へと近づけ、変革していく絶え間ない努力を必要とするのであろう。

             (Y・T)