829号(2001年4月25日号)

学部長インタビュー

農学部長 林 良博 教授

駒場に向けて情報を発信

 農学部は1991年に100名近い定員割れを起こしました。ほんの10年前のことです。これは、私たちが魅力ある農学を発信していなかったことが最大の原因でした。今、多額部と同様に農学部の定員数自体は減らしているのですが、昨年、今年と定員以上の募集がありました。学部長としてもありがたいことです。これは一に、農学の発信不足を克服する先生方の努力が実った結果だといえるでしょう。そしてもう1つは、駒場の学生がこの発信を受け止めてくれたということです。発信された内容が21世紀にふさわしいと多くの学生が感じてくれたからでしょう。
 発信した内容のどこが21世紀的かといいますと、まず、農学が生命を扱う学問であるということがその1つに挙げられると思います。農学は応用科学の1つですが、私たちは農学によって2つのものを作っています。その1つが「食糧」、すなわち食べる糧です。食糧には2通りあって、狭い意味では穀物、タンパク源など実際食べるものを指すのですが、それだけではなく、家を作るときの木材、素材に当たるような、生物的素材のことも含めます。この食糧を提供し、これに関わるもの作りをしているのが農学です。

「食糧」と「心糧」とを作る

 そして、重要なことは、私たちが作っているのは食糧だけでなく、「心糧」、すなわち心の糧も作っているということです。例えば、多くの人は木の家に住みたいと思っています。昨年できたばかりの弥生講堂も木造ですが、このようなものを100年にわたって残すことを考えると、コンクリートではだめなのです。木の家は100年もちます。この素材としてのすばらしさに加え、木はその香りや触った感触、見た目の美しさなど、人間に安らぎを与える空間を作り出す素材としても価値あるものです。このように、「食糧」的部分と「心糧」的部分を備えているのが、農学が対象とする生物の特性なのです。これらを対象にして研究、教育を行う学問が農学です。これが多くの学生に農学の魅力として映ったのではないでしょうか。ものを作るといっても、大量生産大量消費すればそれで済むような単なるものを作っているのではありません。私たちは貴重な生命を作っているのです。この生命こそ、農学が対象とするものの特性です。
 ものを作るということには、2つの種類があるといえます。1つはmaking、そしてもう1つはgrowingであり、農学はこのgrowingに非常に大きく関わった学問です。育てる生産、これが21世紀的であります。この生産物は循環しており、存続しつづけている再生産可能な資源です。20世紀には、大量生産大量消費によって地球に大きな負担をかけてしまいました。しかし、もっと持続的な循環型の生産を考えた場合、生物資源は限りない可能性をもっているのです。ですから農学部が、学生にこんなにも人気のある学部になったと考えられるのです。
 農学部は、比較的女性の比率の高い学部です。東大の女性の割合は平均18%ほどなのですが、農学部は27%にも上ります。女性が関心を示す分野は発展すると言われていますが、若い学生が関心を持つということは、私たちにそれだけ責任があるということです。これを痛感して、いろいろなことを考えていこうと発信しているのです。

地球全体の状況にも関心を

 大切なことはやはり、農学は生命を扱う科学であるということです。生命とそれを育てる環境、この2つが大きな対象です。その結果として育てる生産を行っています。育てるべき対象としての生命、その生命が育つ場としての環境、そして最終的に育てる生産、この3つが農学の大きな特徴です。21世紀は地球全体が問題となる時代です。若い学生が関心をもってくれているから、私たちはもっと責任を痛感してがんばりますけれども、若い人にも自分たちの明日を作るためにがんばってもらいたいと思います。
 「地球白書」という本があります。私も日本語版監修者のひとりなのですが、世界30カ国で毎年出されています。これには、今の最大の問題である地下水汚染や水の枯渇、飢餓問題、エネルギー問題、自然災害など地球に関する全てのこと、そしてこの1年間の出来事や今後の問題などさまざまなことが載っています。これはお勧めなので、学生にもぜひ読んでもらいたいと思います。地球全体の状況について若い人にも勉強してもらいたい。若い人こそが次の世代を担っていくわけですから。

弥生講堂を外部にも開放

 農学部の最近の動向としては、弥生講堂の完成が挙げられます。ここは多機能ホールでさまざまなシンポジウムを開催することができます。環境、生命の問題に関するシンポジウムも多数開催されています。学生にとっては、同じ構内に、しかも無料でいろいろ聞きにいける環境が与えられているわけですから、これは非常に得なことです。弥生講堂は外部にも広く開放しているので、今予約が殺到し、構内が活気づいてきました。
 また、各付属施設の活性化にも取り組んでいます。付属施設を含めると、農学部は東大の敷地の99%を占めているのですが、その1つである附属演習林では、地域の住民とも手を組んで「科学の森里親制度」という制度を始めました。森の名木を守っていくためです。このようなことを通して、東大関係者以外にも演習林を広く開放していこうという試みが現在進められています。

挑戦する心を身に付けよう

 佐々木毅総長もおっしゃっていたことですが、今は東大に入ったからといって必ずしも一生の安定が保証される時代ではなくなりました。ですから私は、この大学時代には挑戦する心を身に付けてもらいたいと思います。50歳、60歳になっても、死ぬまで挑戦し続ける心を大学時代に培ってほしいのです。これが私の新入生に対するメッセージです。


学部長から
贈る言葉

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