平成8年度 飛躍を待つ特別推進研究

「長基線ニュートリノ振動実験による
ニュートリノ質量の研究」

西川公一郎 原子核研究所助教授

質量測定はまだ

 一九六〇年より現在まで、大幅に進展してきた素粒子物理学において、陽子や中性子は、アップクォークとダウンクォークという小さな粒子からできていることがわかってきた。それに対し、電子やニュートリノなどレプトンと呼ばれる粒子は、これ以上分割できないということもわかった。ところが、さらに八つの新素粒子が発見され、それらの粒子も四つごとに分けると、最初の粒子(アップクォーク、ダウンクォーク、電子およびニュートリノ)と性質がほぼ同じで、唯一の違いは質量が順番に大きくなっていることだけであった。
 ニュートリノも三種類あることになり、ベータ線と一緒に出てくるニュートリノを「電子ニュートリノ(νe)」、ミュー粒子、タウ粒子と対になって放出されるのをそれぞれ「ミューニュートリノ(νμ)」、「タウニュートリノ(ντ)」と呼んでいる。
 素粒子の最も基本的な性質の一つは質量である。しかし、三種類あるニュートリノの質量はあまりにも微小なため、いまだ測定には成功していない。いまのところ、ニュートリノの質量はそれに対応するレプトンの質量の約百万分の一以下となる。
 現在、素粒子物理学最大のなぞの一つは、「なぜクォークとレプトンに三種類の組が存在するのか」、また「なぜニュートリノの質量が極端に小さいのか。その質量はどのくらいの大きさを持っているのか」である。

伝搬中に速度に違い

 もしニュートリノが微小な値でも質量を持つと、三種類の質量値がすべて同じ質量を持つと考えにくい。また、νe、νμ、ντといった状態が質量の固有状態の量子力学的重ね合わせとすると(クォークの場合カビボ角に表される混合に対応して、レプトン間に混合がある)、ニュートリノが空間を伝搬するうちに微妙な速度の違いを生ずる。長距離を伝搬するうちに、その速度の微妙な違いが積み重なる。生成時に例えばνμであったニュートリノが飛行するにつれて、他の状態、例えばνeやντになったりする現象が起こる。それをニュートリノ振動と呼んでいる。振動の長さは質量の二乗の差に比例し、ニュートリノのエネルギーに反比例する。
 したがって、低エネルギーニュートリノを長距離走らせると、極めて小さなニュートリノ質量の効果を検出することができる。ただし遠距離では必然的にニュートリノビームは広がるため、巨大な測定器が必要であるが、スーパーカミオカンデは二五〇`bという距離に建設されている。この距離は大気ニュートリノ観測が示唆する質量領域の探索するのに最適である。
 当研究では、ニュートリノ振動の精密測定により、ニュートリノ質量がゼロではなく微小でも有限な値を持つかどうか、さらに、有限ならどんな値を持つかを決定し、最終的に質量の起源を解明することを目的としている。

加速器で人工的に

 神岡の地下千bに設置された三千d水チェレンコフ装置は太陽ニュートリノを観測してきた。神岡での測定によれば、大気中ニュートリノ中のミューニュートリノと電子ニュートリノの比、および太陽ニュートリノの観測数は、理論的予想に比べるとそれぞれ六〇%および五〇%しかないことが発見されてきた。以上の測定結果は、その後のアメリカやヨーロッパの実験で確認された。この大気ニュートリノの問題は、これまで加速器を使ったニュートリノ振動実験では不可能であった質量領域を示唆している。
 高エネルギー物理学研究所の陽子加速器によって人工的にνμを生成させる。同研究所の最大の特色として、
1.これまで加速器実験では探索不可能であった質量領域探索を目指し、地球規模の距離で行う
2.生成直後でのビーム測定をすることができ、そのため高エ研敷地内に測定器を建設する
3.生成されたニュートリノが九九%純粋なνμである
などがある。
 このニュートリノを長距離走らせて、νμが他のニュートリノに変わったかどうかを測定することにより、
▽特に大気ニュートリノ問題が提起しているニュートリノ振動を検証する
▽どのようなニュートリノ振動が起こっているのか(νμがνeに振動しているのか、あるいはνμがντに振動しているのか)を確かめる
▽どのエネルギー領域で振動を起こっているのかを測定することによりニュートリノ質量の同定を目指す。

投稿 憲法改正案論考・続

前衆議院議員 元防衛庁長官  大村襄治 (昭和16年・法卒)

 今年の終戦記念日(何時の間にか名称も「戦没者慰霊祭」から「戦没者を追悼し平和を記念する会」と改められています)は大した波瀾もなく、終わりました。私は当日自衛隊中央病院に入院中(病名「一過性脳虚血性疾患」)でありましたが、正午の鐘を始めとして式典が始まり、橋本内閣総理大臣の式辞、天皇陛下のお言葉、各界代表の式辞、遺族代表の式辞等があって、無事に終了しました。昨年まで寄せられたような海外諸国からの反響や声明等もなく、静かな雰囲気でした。これが本当の姿であろうか。それとも昨年までが本当の姿であろうかと、首をかしげた次第です。なお、靖国神社の英霊に対しては、病院中から遥拝いたしました。
 私は、昨年夏の終戦記念日の感想録を「憲法改正案論考」と題して、今年一月二十五日、二月五日ならびに、二月十五日の東大新報に掲載し、そのコピーを友人知己に配布しましたところ、数十通感想文等を頂きました。これから私信の一部を掲載したいと思いますが、実名は御遠慮して、おところとイニシャルを掲げることにしました。この紙面を借りて関係各位の御了承と御?想を賜りたいと存じます。
   ◆    ◆   
●平七・二・二一 横浜市青葉区、作家 H・A氏
 此度又御労作御恵与賜り、御活躍ぶり御勉強ぶりに感嘆しつつ巻末御稿拝読致しました。私の書いたものが引用されているので気羞しく、申しにくいのですが、天皇さまに関すること、現行憲法についての御意見まことに共感の至りに存じました。略儀乍ら厚く御礼申し上げます。
●平七・二・二〇 東京都千代田区、元内閣総理大臣 Y・N氏
 憲法改正論ありがとう存じました。多年の経験と研学に基づく御所論大変参考になりました。御自愛下さい。
●平七・三・一一 京都渋谷区、元内閣官房長官 M・G氏
 講演集を頂き厚く御礼を申しあげます。もたもた政局ですが今は全てを大震災対策等に傾注すべき秋だと思っています。寒さの砌り御自愛を祈ります。
●東京都中野区、憲法研究家、R・A氏(電話連絡要旨)
 貴君の改正案は、改正をするとするならば最良の案と考える。よって自分の主催する会の資料に使いたいので了解を願いたい(筆者より「了解する」と回答しました)。
●平八・四・三〇 鎌倉市、外交問題研究家・元大使 T・K氏
 日米首脳会談があり、これを受けて松野?三氏が「アメリカは飛車を捨てて金、銀を取った」(四・二六夕刊フジ)とし、宮沢喜一元首相は「要するに海外で武力行使をしてはいけない。それだけが唯一に物指しです」(四月三〇日付け自由新報)と結論されています。まあ、本質的には俗に神学論争と呼称される基本問題は表に出さないで「政治」と「法」の両面で融合されている訳です。大兄の論文集も基本問題を周辺から照射する方法を採用されたものと存じます。僕は大兄が御自信の直接の回答をいずれはお取りになるだろうとの望みを持ち続けております。
●平八・八・二〇 上福岡市、元海上幕僚長・戦史研究家 K・U氏
 林(健太郎)さんが云われる通り、一九三〇年代以后日本のとった国家行為は、国際法および国家倫理に反したものでありましょうが、日本は決して好んでそうしたのではなく、そうしなければ日本の既得権益が守れない、邦人の生命財産が不法に失われるためのやむを得ない自衛行為に出ております。それが中央一部の日本人の全然述べようとしないところであります。問題は、日本が中口などの深謀にひっかかって、長期、広範囲な作戦行動になったことであると私は思います。例えば、南京を陥す前に思い切って停戦し、撤兵をするとか、やり方があったはずです。勝っているうちに兵をひく。それなり敗戦の印象を残しません。長期、あるいは旗色が悪くなってからの停戦はひどく困難です。大東亜戦争がシビリアン・コントロール、政治の立場から研究されないのは、日露戦争後も同じで残念なことです。この政治の貧困さは、不勉強に関連していると思います。
●平七・五月 米国カリフォルニア州サリーナス市、元駐米大使館武官、キリスト教伝道師 チャック・チャプマン氏  大村さん、あなたの葉書にお礼を云います。私達もまた、日米関係に積極的な焦点を充てることに賛意を表します。両国が固い絆で結ばれ、神が当方達を祝福されますように。尊敬の念をもって。
(つづく)
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