1091号(2010年7月25日号)

主張

貧国で生涯に残る体験を


 学生は大部分長い夏休みが目前だ。長期休暇はいろいろなことができるチャンス。勉学研究に励む者、サークル活動に熱中する者、アルバイトに精を出す者、また故郷に帰ってのんびり過ごす者など、さまざまであろう。特に1年生においては、これまで勉強漬けだった夏休みとは様変わりして、自由に思い通りの時間を過ごすことができる久し振りの夏となるだろう。長期間ゆえに、自分が時間をどう活用するかの選択の結果が、自分自身の人生に直接反映しうる。貴重なチャンスとして毎日計画を立てながら最善を尽くしたいものだ。

 どうせなら一生の財産となり生涯忘れられないような素晴らしい体験をしたいという意欲は、皆持っていることだろう。しかし、普段の生活と同様な環境に身を置いた状態で、考えや行動を自発的に劇的に変えようと思っても、なかなか難しいのが現実であろう。そのために勧められるのが、大きく異なる環境に自分の身を置いてみることである。外国で長期間過ごしてみることもその有効な選択肢の一つである。

 外国で過ごすと、それを通して日本や日本人について考える機会を与えられ、自身や母国の姿がよく見えてくる。日本では当然と思っていたことも、外国では当然ではないと知って、ショックを受けることもある。日本や日本人、また自分自身を客観的に見る目を持つことができるし、普段考えていないことを考えることで新しい発見をすることも少なくない。特に、有名な観光地だけでなく、庶民が生活している所に一緒に入り込んで生活してみたり、庶民が集う所に足を運んで見聞を広めてみたりすることもよい。ただし犯罪に巻き込まれないよう、治安情報には十分すぎるほど敏感になる必要があるが。

 諸外国の中でもとくに貧しいとされている国に行くと強く感じるのは、日本があまりに恵まれ過ぎているということであり、そしてそのことにまだまだ多くの日本人が気付いていないということだ。それゆえ、恵まれていることを当然のように感じ、そのことへの感謝の心が湧き上がりにくく、足らない所から何とか工夫して満足を創造しようという意欲も少なくなりがちだ。

 先端技術その他開発の前線で専門分野に従事している人々を除けば、一生懸命創意工夫して何かを成し遂げた時の満足や感動を普段に味わう豊かな文化を世代を継いで築いてきたということはできない。感動や喜びを感じる機会が少ないと、それを味わおうと普段から意欲を持って積極的に物事に取り組もうという姿勢自体も持ちにくい。それらの根本的な原因は、恵まれすぎているからだ。

 海外に出かける機会があると、自ずと日本人の子供たちのことが心配にもなる。小さい頃から特に不自由なく育っている日本では、お金のありがたみを感じない子供も多くいるのが現実だ。1円玉が道端に落ちていても、拾う人は少ない。先日ある子供が1円玉を落としたが、その子供はそれに気付きながらも、その1円玉を拾わずに行ってしまった。1円玉はゴミのように思っているのだろうか。貧しい諸外国では、家族のために一生懸命ゴミを拾って、それを納めて小銭をもらって生活費の足しにしている子供もいるというのに…。

 こういう状況は、話として読んだり聞いたりしただけでは実感が湧かないし、文化を根底から変えていく力にもなりえない。インターネットで世界中の情報が簡単に入手でき、頭の中の知識としては得ることができるかも知れないが、知識だけでは人間は変わらない。まずは、やはり実際に足を運んで、実際に自分の目で見て肌で実感するという体験が何よりも効果的である。

 そうして初めて、自分がいかに恵まれていたか、感謝すべきことがらを当然と考えて感謝を怠っていた、などという気付きの体験することができる。できるだけ若い学生の内に、そのような体験をしたいものである。具体的には、旅費も安く、まだ貧しいアジアの国々への旅行がお勧めだ。日本では見られない生活自体への苦労の姿、そのための貪欲な人々の目の輝き、これから成功を収めようとする人たちのバイタリティを感じることができるであろう。そして、自分も頑張らねば!という意欲が湧く所まで行けば、旅行のために投じた費用は直ちに回収することができた気分になるに違いない。


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